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NY 16時間の旅 3

 ブックオフと郵便局はちょっと離れていたんで、地下鉄で郵便局の近くまで行った。そして6時頃到着。持ってた封筒に入れようとして入らなかったり、書類を書かないといけなかったりで思ったより時間がかかって、終ったのは6:35。時間がない〜〜〜と焦りまくる。

そしてバカな私は映画館の住所は持ってたけど、どの通りの角かを調べるのを忘れて、どこまで地下鉄で行けばいいかがわからない!!!もっともっと焦る私。

取り合えず地下鉄乗り場に行ったけど、いつもはすぐ来る電車がこの時に限ってちっとも来ない。5分待ってもう限界とタクシーを拾うことにした。タクシーはすぐ拾えたんだけど、住所を行ったら反対方向に行く。あれ?あれ?と思いつつようやく「方向が反対じゃない?」ときいたら向こうも色々言ってきて、そこで言い合いになってやっとお互いが認識違いをしてたのに気づく。結局タクシーは逆方向に行ってたのでUターン。でも道路も混んでるし、時間はそのとき既に6:45だし私はイライラと焦りが頂点っぽい。まじで映画見れなかったらシャレにならない〜。

それでも何とか映画館には6:50に到着。焦りつつも中に入って通路でチケットをチェックしてる人の所へ。
 




そしたら私の前にいた人がLさんだった(爆笑)。

すごーく焦る私。なぜなら私は凄くトイレに行きたかった。絶対に映画の最後までがまんできないと分ってたから。そいでLさんは他の人と一緒にいて、その人になにか話してて、「一分で戻ってくる」と言ってどっかへ行った!追いたいけどトイレが〜〜〜〜と思いつつそこでチケットを切ってる人にトイレの場所を聞いたら地下にあると。でエスカレーターがそこにあると私の後ろを指差す(Lさんが行った方向)。そいで時間まだ大丈夫か聞いたら急いでと言われ。。。私は走るようにそのエスカレーターに行ったら逆方向!!!もう超焦ってもう一回戻って訊いたら彼女もあんまり分ってなくて、多分反対側と言われた。それでそっちに行ったらあった! 私はエスカレーターをかけおり、そうしながらも、あ、Lさんもきっとトイレ行ったんだーと考えてた(笑)。出来るだけ早くすませようと思っても思い通りにはなりません(笑)。それでも無事に終らせてまた走って戻る。Lさんは既に戻ってた(私はあんなに急いだのに!!!)。そしてそのすぐ後ろにはもう一組並んでいた。でもとにかくLさんだ!!!と思いつつ焦っててあまり考えられないし、そのおかげか緊張も無かった感じ(焦り>緊張)。そしてチケットをみせて中に入り。Lさん達はゲスト用の席(別に特別なエリアでもなく彼の前の席とかも空いてたような。でも私は結局前から3番目ぐらいの真ん中に座った(前に人が座ってなくてとても見易かった)。(彼の席は右端の後方。 でもかなり小さい劇場)

映画は短編が7本ぐらいあったんだけど、結構みんな良くて、特に4本凄ーく良いと思った。とくにアイルランドの映画が途中まで超笑えたのに最後に泣かされた。。。。Lさんの映画は最後だったんだけど、私の両隣が泣いていた(私も泣いた)。映画の後は監督全員が前にでて映画の事話したり質問に答えたりしてた。ここでも私は ちょっとシャイだったんで写真を撮らなかった(iphoneだったら撮れたかも。。。でも私のカメラはばかでかい一眼レフカメラ。)。そしてそろそろ時間切れって感じで解散に。でも監督達はまだ前にいて話したい人が話に行く感じ。Lさんに話したいけど、何言えば???(笑)って感じでわらわらしてたけど、どうせだから一番感動した監督のとこに話に行った。とてもナイスな人で泣いたーと言ったら、あああああ。。。と言われた。でちょこっとこの先の事とか話しができて嬉しかった。でLさんのとこに行きたいんだけど、通路に立ってる人が邪魔でいけない。。。もう結構焦ってて(笑)、椅子を乗り越えました。彼は誰かと長く話してるから割り込めないしちょっと離れてみていた(注:ストーカーではありません)。そしたら映画祭の人が次の映画がはじまるから出てくださいと言ってて、Lさんもその話してた人と挨拶して出口に向かいそうな感じ。。それで「すみません。。」と言ったら振り返ってちょっと止まったんで、映画良かったです、とかいつ作ったのか、とかとってもとりとめの無い話をした(笑)。


ちょこちょこっと話しながらこの間外に出て通路を歩きながら2人きりで話せた〜〜。でも写真も撮らなかったし、サインももらわず。(時間はあったけど、私自身が限界!!!(笑)ってのはやはり今回監督として来てて、そういうの嫌かも?と思ったんで。だからそういうのをお願いしなかった。あと話したければもっと話せたけど(現にその後彼は他の人と話してた)今回はこれで十分過ぎる!と外に出た(あくまでも今回は。笑)。今思えば色々他に訊く事あったじゃんと思う。一度訊きかけて彼も答えて、その後もうちょっと訊けることがあったのに、私が映画の話に戻してしまって、その後焦ってその話してた事を訊くの忘れた。。。そして監督ってことで彼が今やってるテレビの話も聞かなかった!
 

あ、そうそう、別れる時にGood luck(何が?)って言って握手しました。。。グリップは強くなかった。繊細な感じ。へへへへー。(←おかしい人)

そんな訳でちょっとだけハッピー。会えてホッとしたー。ファンとかすごいのかな?と思ったら全然でそれもビックリした。一人ファンらしい女の子いたけど、そのぐらいで。映画祭でこんなに簡単に接近できたのがラッキーだった(それも個別で)!カナダの映画祭の話した時に取りあえずトロントに有名なショートフィルムの映画祭があるよ!と言っといた(笑)。こっちでも上映して欲しい。。。面白いと思ったのは全てが上手く行かなかったおかげで彼の後ろに並んだって事。なんだか不思議な感じ。


その後も全く上手く行かない旅は続き、この後の予定はGo Go Curryっていう日本のカレー屋さんでチキンカツカレーを食べてバスステーションに行く筈だった。Go Go Curry もいくつかあったので、まずは一番近いとこに言ったら何故かGo Go Thaiだった。。。だから別のとこに行ったらもう品切れで店を閉める所。そうこうするうちにバスの時間が近づいてたんでしょうがないからデリに行ってサンドウィッチと水を買った。。結局ビアードパパも行けなかった。。。食べようと思ったもの片っ端から食べてない!!そしてバスに乗るゲートは人の波だった。。。みーんなモントリオールに帰るって人ばかりで10:45発の筈が結局私がバスにのれたのは0時過ぎ。おまけにバスの量を増加させてたので、今度はボーダーでも前のバスが終るのを待つはめになって、すんごく待った。やっと私らの番になったと思ったら女の人が一人引っかかってしまい、みんなバスの中で待機。これも長かった。。。結局私は寝てしまったんでこの女の人がバスに乗れたのかは不明。結局モントリオールには2時間程遅れて着いて会社も遅刻した。


なんだかんだ言って久々のNYは楽しかった(かなりバタバタしたけど。笑)。

NY 16時間の旅 2

バスターミナルに向かった。幸運にもチケットは売り切れてなかったんで無事11:45のバスに乗れた。
大体30分ぐらいでアメリカのボーダーに着くので、そこでカスタムの審査がある。私はカナダ人ではないので、そこで水色っぽい紙に住所氏名とアメリカでの滞在先などを書いて提出しないといけない。でも今回の旅は日帰りなので滞在先は当然無い。だからその項目の所にN/Aと書いた(該当無しという意味)。そしてボーダーに到着して、そこでパスポート財布以外はバスの中に置いて建物の中に入るように支持された。ここでカスタムの人がアメリカでの滞在先を知る必要があるという説明があって、ちょっとここで不安になった。

そうこうするうちに私の番になった。私が書いた紙をみて「ん??」という顔をしたんで、すかさず「一日しかいないんです」と言ったら、彼は「タイムズスクエアとでも書いといて。」なんといういい加減というか安易な対応(笑)。取りあえずそう書き直して、無事終了。

その後はアルバニーで暫く休憩して、NYには早朝の7時頃到着。

今回NYでやろうと思ってた事は:
ーチャーハンと餃子を食べる
ーチキンカツカレーを食べる
ーたいやきを食べる
ーBeard Papaに行って何かを食べる。
ーブックオフで色々と買う
ーLさんに会って話をする(いたらの話。。。。)



ニュージャージー州にはミツワというスーパーとフードコートみたいな所があって、そこに行くつもりだった。でも私がNYに着いた時点ではまだ開店していないから、まずはうろうろと人がいない間に街を歩き回って写真を撮ろうと思った。でも人の写真はやはり恥ずかしくてお願いできなかった。掃除をしてたおじさんがにっこりしておはよーと言ってきたりとかホテルの人が外の花に水をやってるのとか撮りたかったんだけど。そして好きな女優(というか私は監督として好きなんだけど)さんが殺されて、昔住んでたすぐ目の前にある公園に旦那さんが何か彼女の名前を記念に残してるのを知ってたので、そこに行って暫く探したけど見つからず。後でネットでチェックしたら、花壇に記念碑があるらしい。。。私は椅子にプレートがついてるのでそればっかり見てて全く気づかなかった(笑)。それでもそこに暫く座って彼女の事を考えてた。


他にも毎回NYを訪れる時は必ず見に行く建物があって、今回もそこに行ってきた。べつに何か特別な訳ではないんだけど、何故か私は好きな感じ。



いい加減寒くなって来たので行動開始。そろそろミツワに行こうと思いバス乗り場へ。

上手い事に乗り場に着いたら結構すぐにバスが来た。で15分ぐらいバスに乗ってミツワに到着。取りあえず帰りのバスの時刻をチェック(1時間に一本しか出て ないので)。中に入ったら既に食べるものに目がいく。。。(笑)であんかけチャーハンがとてもおいしそう。たいやき屋もあって5個ぐらいまとめて買って、家に持ち帰ろうと計画。まずはスーパーの方に行っておかし(キットカットとストロベリー味のチロルチョコ)と抹茶飴をピック。そしたらお惣菜のエリアでコロッケがあった!ので野菜とボテトのを一つずつ購入。パン売り場で シュークリームを購入。とにかく身軽でいたかったので、かさばる物は何も買わない事にした。

その後かなり混んできて、でもなんとかあんかけチャーハンを食べた。ハンバーグとかすごく他にも食べたい物があって目移りした。。。



(実はNYで撮った写真は以上です。笑。この後は何も無いです!)

その後三省堂に行って色々見たけど、ブックオフにいくからと買うのを我慢。トイレに行って外にでたらちょうど帰るバスが停まってた。急いで乗ってバスは発車。そこで気づいた。たいやき買うの忘れた!!!!!

でもしょうがないからそのまま(泣)。NYに着いて歩き出してからバスの中に手袋を忘れた事に気づいた。。。

ちょっと頭に来ながらもブックオフの方に歩き出したんだけど、天気も良くてその途中の公園で皆なごんでたんで、私もそこの椅子に座って人を観察。そしたらそこで男の人に声かけられて、暫く話をした。そいでその後お茶をしに行ってそんなに長居をせずに解散。

そいでブックオフに行こうと思った。

でも何故かみつからない!!!(笑)手帳に書いておいた住所をみてそこを通り過ぎてるのにない!その横にある日本関係のカフェっぽいのがあったからそこに間違いないんだけど。そのまた隣りぐらいに日本のコンビニがあったからそこの人に聞いても知らないと。私はえ〜〜〜〜〜〜????となった。今回旅行の前に結構レストランは調べて、幾つかもうやってないとこもあったりした。でもまさかブックオフが無くなるとは思わなかったから調べもしなかった。もうその辺りを凄くぐるぐるしてかなりの時間をつぶしてしまった。結構の打撃でとりあえず、紀伊国屋をチェックしようと歩き出したら、前に行った覚えがあるビデオ屋が目に入りそこで聞いてみようと決心(まさか紀伊国屋の人にブックオフの事きけない。笑)。ちょうど入って行く人がいたので 「ブックオフって無くなっちゃったんですか?」と聞いたら「え?ありますよ」と。どこですかっと聞いたらそのビデオ屋と同じ通り!(笑)ブックオフ引越してました!

そしてやっとの思いでブックオフに到着。その時点で時間は4:30頃。この後の計画は郵便局に行ってブックオフで買った物を送る(重いから)。それで7:00上映の映画を見に行く。。。って感じ。ただ映画はチケットに15分ぐらい前には劇場にいろってあって、上映時間に遅れたら中に入れないとも書いてあった。

ブックオフで色々とみて廻ったけど、結構焦っていてあまりゆっくり出来なくてきっと見逃した物が沢山あると思う。結局日本の本を1冊、DVDを一本、 後は英語のDVD3本、CDx1英語の本x1という何故ブックオフで?というような結果。とにかく時間がなくて漫画とかも買いたかったけど、断念。おまけに気になってても名前を覚えてない漫画家とかもいてその人達のを探す時間も気力もなかった。(事前に調べる事すら思いつかなかった。。。さすが行き当たりばったりの無計画の旅行!)
そして会計をすませて郵便局へ。

つづく。

New York 16時間の旅 1

 先週の日曜にニューヨークに行ってきた。でも滞在したのはたったの16時間という、かなりクレイジーな旅だった。

元々ニューヨークは大好きで以前は年一回は週末に遊びに行ってた。行って何をするかというと、別に何もせずにぼーっとしたり、うろうろと街中を歩いたりって感じ。それでも私にはとても楽しい。

今回は木〜土曜に映画の撮影の手伝いが入ってて、もしかしたら日曜日も。。。とは聞いていた。そもそもこの映画のクルー募集の広告をネットで見た。この映画は去年撮られたものだけど、撮影のし直しが必要でクルーを募集してるという事だった。それで既に出来上がってたデモのような物をみたら、話が共感できるような女性視点の映画で是非参加したいと思って応募した。でも何も返事が来なかったんで、「採用されなかったんだろうな」と思ってたら、撮影の一週間ぐらい前に監督がクルー全員に送ったと思われるメールが届き、「私はかかわってるんですか???」という状態(笑)。それから今度はクルーから撮影の3日前にメールがきたんで、ここでやっと「手伝いをするんだ!」と納得。

職場にも一応知らせたら、今仕事がとても暇で木曜はもう何もやる事無いと言われたんで、お互い良かった。。。って感じだった。そして金曜はグッドフライデーか何かで祭日なので、仕事は一日休むだけでOKだった。

そしたら水曜に連絡が来て木曜からの撮影が金曜からになったと。でも職場は暇だから行っても仕事がないなあ。。。と思って(来られても困るだろうと)お休み。撮影は金曜から開始。

それでニューヨークなんだけど。今仕事先でゴタゴタしてる。。。というかボスからの対応が半端無く酷い状態なんで、わりとストレスが普段よりたまっていて何か息抜きが必要だった。それで何か日本の物が食べたいと思った。お寿司とかは簡単に食べられるけど、普通の家庭の食事はそうでもなく、自分で作った物じゃなくてレストランで食べたい!!!!となってた。そんな時にふと入って来たニュースで私の好きな俳優(今までにも書いて来た人だけど、取りあえずここでは名前をふせます!ここではLさんとします)さんが多分NYの映画祭に来るかもということ。それで「NYに行けたら行こう!」と思った。

映画の撮影も日曜まであるかもとか、色々とはっきりしない事だらけだったので(Lさんが来るという保証もなかった)最後の最後まで決断しないで、どっちにしろ行っても月曜は仕事だから泊まる事はないので泊まるとこ見つける必要ないからバスだけ確保すればなんとかなるだろー。。。というとても安易な気分だった。

Lさんがその映画祭に参加するかどうかはネットに載るだろうと思い、その有無で映画の撮影が日曜に無ければ行く事を決心。取りあえず金曜の夜にNYで食べに行く所をチェックしたりしといた。(後は映画祭のチケットが売り切れてたらシャレにならないから、そのチケットも買わないと行けない。でもそれも行くかどうかを決めないと買えない。)

結局撮影は日曜には無い事が土曜の撮影中に分った。ただ撮影がいつおわるか分らないから、まだNYに行けるかは分らない。そうこうするうちに幸運にも撮影は思ったより早く終って(7:30頃)家に帰って来てネットをチェック。土曜日がLさんの映画の上映初日。そして彼はスクリーニングに出席した事が判明。早速行く事に決定!(笑)映画のチケットをオンラインで購入、NYの行き帰りのバスの時間を調べて準備完了。あとはバスターミナルに行ってチケットがまだあるか確かめるだけ。。。でもLさんは初日だけいるのかもしれないし、って事は私が見に行く時は(日曜)映画見るだけで本人はいないで終るかも。。。 私の今までのアンラッキーな経験だと十分にありえるぞー。。。その前にいま祭日でバスが満員かもとか。。。結局NYに行けないのでは???ともう頭の中で 色々な悪い状況が思い浮かんだ(笑)。まあどっちにしろブックオフに行きたかったし、日本食も食べたかったんで行くぞーと気合が入った。



つづく

初めての海外旅行 2

近くのファーマシーに行って99セントの薄切りハム、99セントの食パン、そしてコーラを買って何日もしのいだ。

 マンハッタン滞在中に通りすがりの旅行代理店でバッファローからラガーディア空港に戻ってくるチケットを買いに行った。それで私のつたない英語でバッファローから帰って来ないといけないんだけど、日本に帰ってくる飛行機がわりと朝早い事とかを説明した。大体国内線はラガーディア空港を使ってて、国際線はJFK空港。そしてこの2つの空港がまた離れているので、それも頭に入れないといけない。私の担当になった人がチケットを探してくれたんだけど、これが高かった(私にとっては)。でも持ってたお金で足りたのでそれはホッとした。そしていざチケットをみるとそこにはラガーディアではなくJFK空港って書いてあった。私が話してる時は国内線=ラガーディア空港と思ってたんで、私はJFK空港の事は一言も触れなかったから、私が日本に帰ってくる飛行機に乗り遅れないように考慮してチケットを探してくれたのが凄く嬉しくて、その店を出て歩いてた時に泣きそうになった。

さてチケットも買って次はサラトガスプリングスに移動。その旅行は6月の始めだったんだけど、いざNYに着いたら結構暑かった。歩き回る事が多いから荷物が重いのが嫌で服を送り返した。そして宿泊費を払わないでいいように深夜のバスにのって多分4時頃に到着。吐く息が白くなるぐらい寒かった。でも私は余分な服を既に送り返してて着るものがない(笑)。そしたらそこにいた黒人の学生っぽい人がジャケットをくれた(貸してくれただけかもしれないけど、その人は何も言わずにいなくなってしまったんでくれたんだと思う。。。笑)。そこで生まれて初めてダイナーに入って、生まれて初めてチェリーパイを食べた(酸っぱくて余りおいしくなかった)。おばあちゃんがウェイトレスでそのおばあちゃんにコンサートが行われる会場の事を聞いた。すごく大雑把な地図を持ってたんだけど、その地図を見てると会場までは一本道で凄く楽そうだった。おばあちゃんはそれがどの道なのかを教えてくれて、わたしが『そんなに遠くないね』と言ったら何も言わなかった。それで辺りが明るくなってきてそのダイナーを出たんだけど、慣れてなくてチップをあげなかった。ごめんなさい。

それで言われた通りに道を歩いてたんだけど、歩けど歩けど会場に着かない。地図では一本道だけど、田舎なせいか次の十字路までがすごーく遠かった!。この時『ああ、だからあのおばあちゃんは私がそんなに遠くないと言った時に何も言わなかったんだ。。。』と思った(笑)。結局一時間以上歩いたかもしれない。とにかく遠かった。。。

それで無事コンサートも見れて機材を運ぶお兄さんに次の会場のバッファローまで乗せてもらい(笑)、そこでも無事にコンサートを見れて、そこの会場からはタクシーでバッファロー空港に行って(取りあえずもう旅行のおわりだったんでお金の心配はなかった)、空港で一夜を過ごした。

翌日疲れて死にそうになりながらもバッファローから無事にJFKに到着、そこでやっとこの旅初めてのちゃんとした食事をした!!!

この初めての旅でNYの人の優しさに触れる事が出来て、それ以来大好きな場所になった。

そして職場に復帰したんだけど、同僚が私を見るなり言ったのは『痩せた?』だった(笑)。

初めての海外旅行 1

友達とメールをしてて思い出した。

私の初めての海外旅行は91年に行ったニューヨーク。私が旅行する時は必ず何か起きるんだけど(単に私がぬけてるんだろうなあ)、この初めての旅行以来色々とあったと思う。

当時ニュージャージー州出身のミュージシャンの人と文通みたいなことをしていて、元々はソロでやってた人なんだけど、当時名前の知られてたバンドに加入して、そのコンサートを見に行くための旅行だった。

そういえば、私は保険証がなくて(ちょっと事情があって私だけではどうにもならなかった)。それでパスポートを申請する為の身分証明がなく、その為だけに原付免許を取ったのだった。。。

それで旅行なんだけど、初めてにしてはかなり無謀な旅だった。日程は6泊8日ぐらい?だったんだけど、ホテル等の予約を一切せずに行った(笑)。とにかくこの旅行は貧乏旅行で、一応 ガイドブックをみてYMCAに泊まろうと決めてた(当時$20ぐらいだったと思う)。無事にNYの空港に到着してそこからマンハッタンのYMCAへ。その日にコンサートがあったような気がするけど覚えてない。マンハッタンの第一印象は『東京みたい』だった。そのせいか違和感が余りなかった。

コンサートは4回見る予定で、マンハッタンで2回、サラトガスプリングスで1回、バッファローで1回という日程。サラトガスプリングスはマンハッタンの北にあってバスで何時間かかかる(覚えてないけど夜中のバスで早朝に到着した)。そこから西にまたバスで数時間でバッファロー。ただバッファローのライブの翌日早朝に日本に帰ってくる事になってたんで、そこから飛行機でJFKに帰ってこないといけなかった。でも何故か私はその飛行機のチケットを買っていなくてNYで買うつもりでいた。ただそれが幾らかかるか全く予想できず、クレジットカードも持ってなかったので、現金+トラベラーズチェックを持って行った。でもチケットが幾らかかるか分からないので下手にお金を使えずとーってもひもじかった。その旅行中ずーっとお腹がすいてた(笑)。

 つづく

旅の思い出 (Paul McCartney 編 その3)

少ししてTony がハイウェイに入る前にガソリンを入れないといけないと言った。そしたらすぐに一軒ガソリンスタンドを見つけたんで車を停めた。それと同時に今まで明るかった電気がパッと消えた。あれ、どうしたのかな? と思いつつ、Tonyが店の方に歩いていくのを見てた。そしたら直ぐに帰ってきたTony は「閉店しちゃった」と言った。エーッ? たった今まで明るかったのに! そんな訳でまた車を出してドンドン行ったけど、行けども行けどもガソリンスタンドが無い。そうこうするうちにハイウェイの入口近くまで来てしまったので、私達は引き返さないといけなかった。そしてなんとコンサート会場の近くまで引き返してやっと一軒開いてるガソリンスタンドを見つけた。そこでTony は25ドル分のガソリンを買ってハイウェイに入った。

今思うとこれがこの先に体験するながーいドライブの前兆だったんだと思う。

ハイウェイを走ってる間、私はTony が眠らないように話し相手になった。でも私も眠くて眠くてしょうがない(よく考えるともう24時間眠ってない!)。だから色々彼に質問をして私は余り話さないでいいようにした(きっと話してたらつじつまが合わなかったんじゃないかな。。)。ケベックシティから私達が向かってるモントリオールは車で約3時間でそれ程通くはない。多分15分ぐらいした時に、モントリオールに行く人はここを曲がるっていうような標識があった。でもTony はそこを曲がらなかった。私は実は運転免許もないし、そういう標識にはちょっと疎いので、きっとこの後に別にまた曲がる所があって、Tony はそこで曲がるつもりなんだ、と思って何も言わなかった。

ところがまたまた10分した後ぐらいに「あー、曲がる所を見逃した!!」とTony が言った(笑)。ああ、やっぱりあそこで曲がる筈だったんだ。。と私は呑気だった。そんな訳で私達はまた引き返す羽目になった。

やっと曲がるべき所で曲がって何とかモントリオールに向かっているようだった。私は眠いながらも何とか会話を続け、早くモントリオールに着かないかなあ、と思ってた。もうすごく眠いし疲れてるしで会話をしてるのも苦痛だった。たぶんそれで1時間以上なんとか話してたら、やっとニコルが起きたので、私はホッとして眠った。

どれだけ経ったのか分からないけど、気持ちよく眠っていたら車が止まったような気がしたんで目を開けた。私は半分眠ってる頭の中で「モントリオールに着いたのかな?」と思った。辺りは明るくなってきてた。そしたらニコルが振り向いてこう言った。」

「ガソリンが無くなったんだって。」

そこで私はTony が満タンでなく25ドル分のガソリンしか買わなかったのを思い出した。外を見るとまだハイウェイのどこかで車は道路の脇に止まっていた。それでTony はCAA(カナダ自動車協会)に携帯で電話をしてレッカー車を送ってもらおうとした。そしたら電池切れで電話出来なかった(笑)。ニコルは携帯を持ってなくて、私のを貸した。普段私は携帯を持ち歩かないのでもし持ってなかったらエライ事になってたところだった。で電話をしたのはいいんだけど、場所を聞かれても私達が何処に居るのかも分からなかった! それでニコルが車から出て400mぐらい先まで歩いてやっと標識を見つけた。何と私達はあとたったの10分でモントリオールって地点に居たのだった。

15分程するとレッカー車が来た。朝は冷え込んで寒かったんでニコルと私はレッカー車の中で待つ事にした。レッカー車の運転手の人は忙しく色々して車を荷台にのっけようとしていた。私とニコルは外を見てたんだけど、ふと気付くとTony が何かを探してるかのように草むらをキョロキョロ見てた。ニコルが「鍵を落としてたりして。」と冗談ぽく言った。私は車から出てTony に何を探してるのか訊いた。「車の鍵を落とした。」とTony は言った。私とニコルは呆気にとられて何も言えなかった。彼のズボンのポケットに穴があいてて鍵がそこから落ちたらしい。それも鍵は舗装された道路の上でなくてその脇の草がぼうぼう生えてる所に落ちたのだった。私とニコルも手分けして探したけど見つかるはずもなかった。幸いな事にTony はスペアの鍵があったんで他の鍵は失くしちゃったけど取り敢えず車はガソリンさえ入れれば運転できるんで皆ホッとした。

やっと車をレッカー車の荷台にのせて、そこから私達は近くのガソリンスタンドに行くことになった。ただ、私達は3人でレッカー車には運転手の他に2人分の席しかなかったんで私はニコルの膝の上に座らないといけなかった(笑)。私も軽いわけではないのでニコルの膝が大変、と重心をかけないようにしてたんで思いっきりそれだけで疲れてしまった(笑)。で10分程してガソリンスタンドに着いたんでTony は荷台の車にガソリンを入れた。

私とニコルはモントリオールに着いたし、あともう少しで家に着くとホッとした。
そしてTony はガソリンを入れ終えて、鍵を回した。

車はうんともすんとも言わなかった。。。

もうここまで全てが悪い方へ悪い方へ行くのには笑うしかなかった。結局レッカー車の運転手はそのまま近くの修理屋に行く羽目になった。

修理屋に着く前にニコルの家の近くに着いたので彼女はそこで降りた。前夜にTony が言ってた10ドルはTony が悪がって受け取ろうとしなかった。

5分程して修理屋に着いたらナント閉まってた。。。ただそれは朝早かったせいだと思いたいけど、これだけ全てが悪い方向に行ってるからきっと定休日ってのも有りえる。

そこで私はすぐ目の前に地下鉄の駅が見えたのでそこで降りた。Tony はひたすらあやまってて可哀想なくらいだった。私の方はといえば、疲れてるのもあったかもしれないけど、もうおかしくてしょうがなかった。

そんな訳でぐったり疲れた私は地下鉄に乗る前に会社に電話して今日は休むとメッセージを残した。ちょうど朝の7時だった。

旅の思い出 (Paul McCartney 編 その2)

何とか5列目辺りに行けたのは良かった。あんなに苛酷な状況の中で待った甲斐があったと思った。人は沢山いたけどギュウギュウ詰めでは無かったので、隣の人に場所を取ってもらってトイレに行こうと思った。でも人の山・山でトイレの場所に行くのが難しいと悟ったんで、諦めた。幸いな事に水を飲むのを控えたおかげでトイレに行きたくはならず、ただ念の為って事だったんで、トイレに行かなくても大丈夫だった。

それから待ってる時に一緒にいた男性がコンサートの後はすぐに車で帰るから、私とニコルを乗せてくれるということで、一応は帰る方法が見つかって翌日の仕事にも遅れないだろうという事で安心した。

コンサートはPaul McCartney の前に二つバンドが演奏した。一番最初は知らない女性のシンガーで、次はモントリオールのThe Stills というバンドだった。

前座のバンドの演奏が終わってやっとPaul McCartney の登場。思うのは、コンサートの良し悪しってバンドだけでなくて、客にもよるんだということ。客もPaulがみれてとっても嬉しいってのがあったし、Paul も暖かい歓迎を受けてまたそれでいい演奏をするっていうのか。私はBeatlesのアルバムを全部聞いた訳でもないけど、知ってる曲がほとんどで、やっぱりBeatles は偉大なんだなあ、と思った。ファンの人達も大合唱。ふと後ろを振り向くとステージ前の客席の周りが小高い丘みたいになってて、そこにも人は山程いてその人達が携帯かライターを振りかざしてるんで灯りが綺麗だった。それにしても何人この場所にいるのか、想像もつかない程すごい人なんだろうな。。なんて呑気に思ったりもした。

一つ可哀想だなと思ったのは、Paul が一曲目を始めた途端、一番前にいた人が具合が悪くなって引き出されたことだ。あんなに長いこと待って一番前に陣取ったというのに、実際のコンサートが見られずに終わっちゃうなんて。(もしかして後ろでみられたのかも。。)

コンサートで一番頭に残ってるのは、多分Live and Let Dieの時だったと思うけど(って頭に残ってるけど曲を覚えとらんのか?? 笑) すごい大きな爆発音があって何事かとかなりビックリした事(笑)。ちょうど両脇のスピーカー辺りからパーンって何かが飛び出して、それが合図で花火が後ろで上がったのかな? とにかくあの音にびっくりした。。。それが一番の思い出(笑)。

コンサートが終わった後、車に乗っけてくれる男性とニコルと落ち合って、私達はペットボトルのゴミの山を踏んづけながら駐車場の方に歩いて行った。車にたどり着くと運転手さんは(信じられないけど、名前を一度も聞かなかったので彼の名前を知らない! 取り敢えずここではTonyと呼ぶ)10ドルチャージしてもいいかと聞いた。ガソリン代もあるから、私達は全然構わないと言った。私達は10分ぐらい休んでから出発した。Tony もニコルもフランス系カナダ人なので2人が話した方がいいだろうと思って私は後ろに座って、ニコルが助手席に座った。ところが車を出した途端ニコルは眠ってしまった。私達みんな疲れてたから、これは大変だと思って急いで私がTony と話した。と言っても私もかなり疲れてたんで余り彼が言った事も頭に入って来なかった。

...つづく(この旅で一番心に残ってるのはPaul McCartney よりも次に起こった事だ。)

私が撮った唯一の写真。この後警備員に止められた。。。




追記: ケベックシティが予想してた100,000 人をはるかに越えた300,000の人がコンサートに来たそうだ。

旅の思い出 (Paul McCartney 編 その1)

コンサートを見に遠出した事が何回かある。普段は一人で行動するのと、お金を使いたくないから貧乏旅行になる。そのせいかは分からないけど、時々とてつもない旅行になることがある。

2年前にPaul McCartney がケベック市の400周年記念かなんかで無料コンサートをすることになった。この事に関しての記事は度々見かけていたけど、はっきり「行こう!」とは決めてなかった。ところがコンサートの前日に新聞にまた記事が載っていて、それを見た時に突然行こうと決めた。というのも、もし普通にPaul McCartneyのコンサートに行くとしたらチケット代もとても高くて、多分私はこんな無料コンサートでなければ行かないだろうから、これを逃したらこの先一生彼のコンサートには行かずに終わるだろうと思ったからだ。コンサートは夜の8時だか9時に始まるはずで、コンサートが終わるのは多分夜の11時か12時ぐらいになるだろうと予想した。それでコンサート終了後、最終のバスに間に合わないと朝までバスがない。翌日の月曜日に仕事に遅刻するとまずいからインターネットで相乗りをする人を探し、メールをして帰りの車の手配がついたんでまずはホッとした。コンサートは野外で席が早いもん勝ちってのもあって、出来るだけ前で見られるように深夜のバスに乗った。ケベックシティに着いたのは朝の2時か3時くらいだった。

バスの中で知り合ったニコルとバスターミナルから多分30分ぐらい歩いたと思う。到着した広場はコンサートがある場所の前にゲートがあって中には入れないようになっているんで、皆その前で待っていた。すでに5、60人くらいいたと思う。ギターを持ってきてる人も何人かいて、皆でビートルズの曲を歌ったりして和気合い合いだった。

そのコンサートのオフィシャルサイトによると、朝の8時頃にゲートが開いて、私達は会場でその夜まで待つ事になるってことだった。

朝方になると数百人の人達がその場所にいた。

そして8時頃(だったと思う)に関係者と思われる人が現れて、ゲートの前に立った。私達は「いよいよゲートが開くんだ!」と皆立ち上がって前に詰めた。

でもその関係者は「ゲートは午後5時まで開きません」と言った。

ちょっとまって、それって酷い。。サイトには早朝に開けるってあったのに。この先まだ何時間も待たないといけないなんて。。。

もっと最悪だったのは、この関係者が現れた時に私達皆が前に詰めてゲートに入れる準備をしたことだ。結局ゲートがまだ開かないと分かっても後ろにいた人達が後に下がってくれなかったので、いまや満員電車のようになっていたから座る事すら出来なかった! そんなわけで近くの人と交替で何とか20cm四方ぐらいのすき間をみつけて座るハメになったのだった。時間が経つにつれて人もどんどん増えてきて、トイレに行くのすら大変だった。広場一面が人の山になってるので人を踏むないように、これまた小さいすき間をみつけて歩いた。

当然トイレには何回も行けないとわかったので、水を飲むのを極力控えた。

とってもひどい状況で待たされたけど、そんな事はもろともせずに皆でBeatlesの曲を大合唱したりして時間を潰した。皆Paul McCartneyが見れるのが嬉しくて誰一人不平を言わなかった。そんな時に携帯にメッセージが入った。コンサートの後に相乗りをするはずの人からで、彼女は必要人数が揃わなかったので(往復でお金を貰う予定だったので)ケベックシティに来ないということで、私はまた帰る方法を考えないといけなくなった。でももうここまで来たら何とかなるだろう、といういい加減な気持ちで余り深く考えなかった。それよりも当然ながらコンサートの方に気持ちは行っていた。

そうこうするうちにやっとゲートが開く時間になった。今度こそは、とまた皆前に詰めた。関係者の人が説明したのは、先ずゲートをぬけるとテーブルがあってそこで所持品の検査をする。そこを通過するとまた新たなゲートがあってそこでまた待つ事になると。私は大きなカメラを持ってたのでちょっと不安だったけど、皆急いでるから所持品検査もかなりおざなりで、問題無く通過できた。

最後のゲートまでちょっとした距離があったけど皆走った。この時私の頭の中にあったのは昔にみたBeatlesのコンサートビデオで扉が開いて全速力で走る女の子達の姿だった。。。ただ今回は年を行った人達が多いし男の人達もワンサカといたけど状況は同じだった。

最後のゲートが開いてまた走った。

約15時間ほとんど立って待ってたおかげで私は5列目ぐらいでコンサートを見る事ができた。

多分二度と生では見る事のないコンサート。すごい人だった!