今日は亡くなった元義兄の追悼式(?)みたいなものがあった。まあ式と言うよりは親戚・友人が集まってお話ししたり歌を歌ったり。。。って感じのかしこまってないもの。それが1時からだったんだけど、午前中から私は外出していて、ご飯の買物とかしてたら家に帰ってきたのは2時。それからやはり何か持って行きたかったから速攻でブルーベリーケーキを作ってた。オーブンに1時間入れるってレシピにあって、その時点で既に3時。式は4時まで(笑)。でも手ぶらは。。。とか悩んで元夫に電話したら、「食べ物沢山あるよ(だからもう持ってこなくていいよ)」。でも既にオーブンに入ってるから焼きあがるまで待たないといけない。結局4:15ぐらいに家を出た。場所が近くて良かった(自転車で10分以内)。。そしたら皆(っていうか帰った人もいると思うけど)いて歌とかうたってた。そこで挨拶して、元夫が壁の写真を見てたんで声かけたらハグしてワーッと泣いてしまった。こちらも貰い泣き。今50才で50年間知ってる兄だから、本人も信じられないのと悲しいのがごっちゃになってるみたいだった。ちょこちょことした思い出を話してて、またそこで思い出しちゃう。こればかりは私がどんなに頑張っても何もしてあげられない。話を聞く事ぐらいしかできないのが辛かった。
元義兄は火事があった時は眠っていたようで、そのまま(一酸化炭素中毒で)亡くなったそうだ。だから多分苦しまないでそれがせめてもの慰めなんだけど、でもそれは元義兄にとっての事で、周りの人達には失った人が戻ってくるわけじゃないから、辛さは変わらないと思う。
昔読んだSleepers って本に残された者の辛さみたいな事が書いてあって、それを読んだ時にまたまた前にテレビで見た戦争で生き残った兵士が言っていた事と重なった。亡くなった人が苦しまずに良かったっていうのは、時間がかなり経って心の整理ができた時にやっと思える事だと思う。誰かをなくした時はその人の事よりも自分の悲しみの方が強いし、周りの事を考えられる余裕がある人は少ないだろうな。。。
私自信は元義兄とは随分会ってなかったから、悲しみも実は余り感じてない。苦しんだり悲しんだりしてる元義兄、義姉、夫を見る方が悲しかった。
それでもこの集まりは皆で笑ったりしたし、普段会わない人達に久しぶりに会って良かった。皆の哀しみが一日も早く和らぐといいな、と思う。
2 コメント:
元義兄さん、気の毒だったね。
その日の兄弟での食事の件も、なんだか悪いタイミングが重なっちゃったんだね。
元ご主人や他の兄弟姉妹も辛いよね。
でもやっぱり、突然何があるかわからないってことは、いつも思って生きていなくちゃいけないってことだよね。
そう、食事の件は本当にタイミングが悪かったよ。でもそういう事もあるから自分を責めてはいけないし、いつ何が起こるか分からないから、普段から感謝の気持ちは忘れてはいけないんだよね。
この追悼式(っていうの?)は皆が悲しむというよりは、亡くなった元義兄の人生をたたえるって感じで良い雰囲気だった。
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